東日本大震災として思い出されること。


”東日本大震災からもうすぐ6年”

テレビのニュース番組が、そう銘打った特集をしていた。内容は概ね、福島原発について。

それを見た、議論好きの同居人が「あの地震って、やっぱり原発なのかな。個人的には津波のイメージの方が強いけど」と言う。

たしかに、東日本大震災と言えば、津波のインパクトは大きかった。が、それでもやはり、「原発」だろう。



私は2011年当時、真面目な会社員で、大きな地震の揺れを港区の高層ビルの上層階で経験した。免震構造により、ビルが必要以上に揺れたため、体感的に揺れの大きさは震度7くらい。

「みなさん安心してください。震度5弱までは大丈夫です」

そう鳴り響く館内アナウンスも、当時は不安を掻き立てる要素でしかなかった。

エレベーターは止まり、使えるのは階段のみ。筋肉痛必至。ビルに備え付けのコンビニに行っても、食料品は既になにもない状態だった。

社員の反応は様々で、家族や恋人の安否確認をする人も居れば、何事も無かったかのように業務を再開する人も居た。

ただひとつ共通していたのは、”物理的に帰れない”ということ。交通機関は停止し、道路は渋滞し、歩道でさえも帰宅難民たちで溢れかえっていた。

行き場をなくした社員たちはネットで報道を見始めた。(思えばあの時のニコニコのニュース中継は助かった)

そこには衝撃的な映像。
渦に飲み込まれる何台もの自動車。

比較するのも不謹慎だが、その衝撃は、911以上だった。

いかに津波が恐ろしいものか、日本人に再認識させた天災。それが東日本大震災だった。

もちろん、その後、福島原発のメルトダウンなどのことが報道されていたが、正直ニュースが報道されたタイミングで”シーベルト”や”ガイガーカウンター”などと言った言葉に馴染みのあった人はごく一部だろう。”メルトダウン”ですら、「美味しそう」と言っている人すら居た。

兎にも角にも、そんな記憶から、「東日本大震災=津波」という図式で捉えている日本人は多いと思う。つまりは、津波の恐怖感は脳裏に刻まれ、それ以降、”地震→津波大丈夫!?”という反応をしてしまう人は多いのではないだろうか。

話を戻すと、同居人のイメージの話に対して、私は、「日本人は津波だと思うけど、世界的にはやっぱり原発だと思うよ」と伝えた。

(案の定、烈火の如く、「津波だ」という反論が始まった…)

あの地震があってから、長期の海外旅行(実際には仕事だが)をしたときに、現地の友人から現地に移住したほうがいいと本気で勧められた。

理由を聞くと、「日本はとても危ないから」とのことだった。

私の感覚から言って、そんなことは決してなかった。日本ほど安全な国はないだろう。水も綺麗で水道から直接飲めるし、真夜中歩いていても襲われることは少ない。殺されるなんてことなんてまずない。

その一方で移住を勧められた地というのは、世界でもトップレベルで殺人率が高く、危ない国ランキングでは常にトップ3。年がら年中火薬の音が聞こえているところだった。

そんな国の人から「日本が危ない」という言葉を聞いた。

なぜか。

友人は、「あの映像見てないの?」という言葉とともに、この動画を見せた。




――知らなかった。


福島原発がこんな爆発を起こしていたなんて。まさか、キノコ雲が上がっていたなんて。

自分がニュースに無関心だっただけかもしれない。多くの人はこの映像を見た上で、津波の衝撃が忘れられないだけかもしれない。私もすべてのニュース映像を見ているわけではない。

ただ、一つ言えることは、津波の強い衝撃を主張した聡明な同居人は、絶句していた。

そろそろ我々は気付かないといけない。

日本国内の情報でさえ、日本の中からだけでは捉えきれてないかもしれないという事実を。

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